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第34回 思い出を重ねて 東京ゴルフ倶楽部

ティーオフの2時間前に到着したのに、練習場には行かずに真っ先に向かったのはクラブハウスの二階にあるレストランだった。ウィスキーのストレートを注文し、ゆっくりと喉に流し込む。酒好きのわたしでも、さすがにゴルフ場で朝からウィスキーを飲んだ経験はなかった。

怖かった。ゴルフを始めて10年。コースに出るのが怖いと思ったのはこれが初めてだ。

競技でもコンペでもなく、友人との気楽なラウンド。だがわたしはコースでボールを打つのが怖くてならなかった。あの片山津での日刊アマ全国大会はわずか三日前のこと。打てども打てどもボールはゴロ、トップばかり。その時の感触をこの手がまだ覚えていた。冷や汗がにじむような焦り、なす術もなく呆然と立ちすくむ芝の上。まだはっきりと心に、体に残っている。酒でも飲まずには、コースに立つ勇気はなかったのだ。想像以上に傷は深かった。

酒の力を借りて挑むコースは、昨年開場百周年を迎えた名門、東京ゴルフ倶楽部。家から車で40分弱と距離的には近いけれども、滅多に足を踏み入れる機会のない一流のコースだ。そんなゴルフ場に、今季最も調子の悪い状態で、心に深く傷を負いながら、かつ朝から酒など飲みながらプレーするのは申し訳ないような気もした。

予想していたとおり、スタートホールからゴロゴロと地を這うようなショットが出る。蘇る片山津の恐怖。一瞬にして体がこわばるのがわかった。

「すこし右肩が下がってるよね」
すかさず友人が近づいてきて、そっとアドバイスをくれた。

「打つのを急ぎ過ぎてる。もっとためて、振り抜いてから顔を上げるのを意識してごらん」
次のホールでは別の友人が声をかけに来た。

同組のメンバーは上級者の友人男子3名。ゴロやチョロを出して失敗するたびにやって来て、ひとことアドバイスをする。わたしのスイングの真似をしながら、ここがこうなってる、そうじゃなくてこうだよね、と細かく教えてくれたりもする。

なるほど、それはスクールのレッスンでもたびたび指摘されていた修正点で、今のわたしは弱点に総動員で襲われているような状態だった。さすが、上級者くんたちは瞬時に見抜くのである。

それにしても情けない気持ちでいっぱいだった。技術も落ちていたけれど、精神面での落ち込みのほうがはるかに大きかった。一年のうちで最も大事であろう全国大会で底辺まで落ちるようなゴルフをして、そして自分の力で這い上がれないなんて。

「オレだって同じだよ。どーんとダメな時がやって来て、なんでだよって悔しい思いをする。そしてまた元に戻る。でもまた落ちる。みんな、その繰り返しだよ。同じだよ」

胸に染みる言葉だった。ああ、そうなのか。こんなに上級者の彼でも悔しい思いをするときがあり、それを乗り越えてるんだ。繰り返しなんだ。そして、それはわたしだけじゃなかったんだ。

教えてもらっては直し、またチェックしてもらっては修正し、それを繰り返しているうちに、だんだんショットがよく当たるようになり、後半は調子の良い時の状態にまで戻った。

バンカーが多いことでも知られている東京ゴルフ倶楽部。写真は14番ホール、グリーン手前に控えるバンカーバンカーまたバンカー。運良くバンカーを避け、このホールはパーを取れた。友人3人の力を借りた、名門ゴルフ場でのリハビリゴルフは大成功だった。

とあるホールでグリーン横のバンカーに入れ、「あそこのバンカーはちょっと大変です。頑張ってください」とキャディさんに励まされた時、わたしは心の中で悪態をついた。

え? このバンカーのどこが? こんなの、へのかっぱでしょう、あの片山津に比べたら。

忘れもしない片山津ゴルフ倶楽部・白山コースの6番パー4。試合中は写真を撮る余裕はないのだが、このホールはセカンド地点で待ち時間があり、なにげなく撮った一枚。しかし後になって考えると運命の一枚。わたしの背丈の1.5倍はあろうかというグリーン手前のバンカーに入れ、一生脱出できないかもしれないという焦りが頭をよぎった3打目でかろうじて出した。3打費やしたことよりも、「出せた」ことのほうに驚いたぐらいである。

このバンカーを経験したら、ちょっとやそっとのバンカーには動揺しなくなった。泣き崩れたあの試合も、まんざら無駄ではなかったようである。

東京ゴルフ倶楽部は大正2年(1913年)に設立され、最初のコースは東京の駒沢(現在の駒沢オリンピック公園)、その後昭和7年(1932年)に埼玉県朝霞市に移転。しかし朝霞コースも戦争の影響でわずか8年で閉場し、現在の埼玉県狭山の地に建設中だった秩父カントリー倶楽部と合併し、2度目の移転となる。

クラブハウスの二階に飾られているいくつもの古い写真。これは1922年、駒沢コースクラブハウス前で撮られた摂政宮時代の昭和天皇と、英国の皇太子、プリンス・オブ・ウェールズ殿下の一枚。

埼玉県は県民デーとして、年に一度こういった名門コースを一般人に開放してくれる。有名なコースは予約開始とともにあっという間に満員御礼になってしまうほどの人気だ。おかげで毎年、冬が始まるこの時期に東京ゴルフ倶楽部でプレーできる。それは一年の総決算でもあり、同じ時期に行くこともあって自分の成長を計る物差しにもなっている。

ああ、去年はここでバンカーに入れて3回も叩いたな、あそこで林に入れたんだったな、このショートホールではパーを取れたな。今年はどんなふうに挑もうか。昨年開場百周年を迎えた伝統のゴルフ場には百年分のそれぞれの思い出が詰まっている。年を重ねるごとに回を重ねるごとに、わたしにも思い出が積もっていく。

来年はきっとここで思い出すのだろう。

朝からウィスキーを飲むほどに怯え、深く傷ついた心を友人3人に癒され、彼らの力を借りてまたゴルフを好きになれたことを。最高のゴルフ場の、素敵な冬の一日を。


ゴーゴー以知子
埼玉在住。家から30分圏内にゴルフ場が15ヵ所ぐらいあります。もっぱら近場の地元ゴルファーですがお誘いがあれば遠方にも出かけて行きます。ウッド系はTaylorMade R9、アイアンはYAMAHA inpresX Z cavity。2011年10月に行われた日本オープン選手権のプロアマ大会に出場。以来、一緒にラウンドしたJ・チョイさんの大ファンです。自身が主催する「いちこ杯」も3年目を迎え、ゴルフ友だちとの大切な触れあいの場となっています。

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